秋の匂いを感じる感傷的な夜に。初めてこの街を見た心がフラッシュバックする。

秋の匂いがした。

体を吹き抜ける夜風は心地よく、夏の終わり、新たな季節の到来を感じさせた。季節の変わり目というのは、人を感傷的な気分にさせる。時の流れを感じるからだろうか。僕を取り囲む見慣れた街の景色が新鮮に・・・いや、懐かしく感じられた。初めてこの街に来たことを思い出していた。

「もう少し夜風にあたってから帰ろう。」

そのまま乗車するはずだった駅を通り過ぎていく・・・。

まだ荷物の届かないがらんとした部屋に一人。「荷物が届くのは夕方だ。少し辺りを散歩しよう」と外へ出ると、まるで異国の地へ来たようだった。自分のことを誰も知らない。転勤じゃないから、仕事も無い。本当に一人だ。ここで死んでも誰も気にとめずひっそりと終わりを迎えるんだろう、そんなことを考えていた。

その夜は、荷物が散らばっていて、とてもご飯を用意できる状態じゃないから、近くの定食屋に入ることにした。そこそこ広い店内にまばらに人が座っている。食券を買い、店主に渡すと、

「じゃあ作るから、ちょっと待ってて。」

と言われた。きっと大学生と勘違いされたのだろう。僕は若く見られる。目と鼻の先に大学があり、周りを見渡すと部活帰りであろう食べ盛りの大学生がちらほらいる。

でも何気ないそのタメ口が妙に嬉しかった。ですます調で業務的に話されるよりも、そこに自分がいることを認識できたからだ。ぼやけていた僕の輪郭は、ハッキリと形を取り戻した。

こう考えると、
”もし世界で一人ぼっちになったら”
”もし全ての人から無視され続けたら”
自分の存在が消えてしまいそうな気がする。

「我思う故に我あり」とどっかの偉人が言っていたが、「誰思う故に我あり」をこのときは信じた。

それでも依然、街は僕を無視していた。
中心街に出ると、ビル群が僕を見下ろした。

でもそれでいい。

僕は修行する気持ちで来た。
親の近くにいると甘えが出るから。

実家にいたらどんどん自分が腐っていきそうな気がした。そのぬるま湯に浸かっていたら抜け出せなくなりそうで、怖かった。ハッキリとイメージできてしまったのだ。40歳になっても実家で暮らしていて、テレビを見て、アニメを見て、誰とも会わずに過ごしている自分が。そのうち動くのも億劫になり、そのまま一生を終えるのではないかと。

やりたいこともやらずに?
見たい景色も見れずに?
素晴らしい人たちと会わずに?

何のために生まれてきた?

頭の中で何度も何度もリフレインする。
きっと今動かなかったら、ずっと動けないし後悔する。

臆病な自分を説得するのは長い時間がかかった。
何度も頭の中で会議し、親へ、友人に伝えた。

それなのに・・・。

そしてその日から約1000日が経った。

目的達成からは遠い場所にいる。
親へは啖呵を切って飛び出したのに、なんて情けないことだろう。

自分はあの時より成長しているのだろうか。
費やした時間分、自分の中に価値は宿っているのだろうか。
目標へ近づいているのだろうか。

嫌なイメージばかり首をもたげてくる。
不安ばかりつきまとう。

僕が福岡で、もがいている間に、底へ沈んでいる間に、最も親しい3人の友人は結婚した。4人で卒業旅行も行ったし、今でも定期的に連絡を取り合っているほどの仲だ。

久しぶりに会うと、皆社会人らしくなってる。
学生のままじゃ、ない。
結婚して、守る人がいるからかもしれない。
それが少し寂しい。
彼らの、まとっている空気が変わった気がする。

学生の頃は、もっと純粋な気がした。
背負うものがあると変わるのだろうか。
この間、オンラインで近況を報告したが「タウは変わらないよなぁ」と言われた。

僕は、初めてこの街を見てから何も変わってないのだろうか。

道を間違えた・・・?

確実に言えるのは、高校生の僕が今の僕を見たらかなりショックを受けるはずだ。「どうしちゃったの・・・」と落ち込むはずだ。

それでも過去へ戻ることは出来ない。
手垢のついた表現だが、未来を変えることしかできない。
そして過去と未来は概念でしかなく、今しか存在しない。
”今”を変えなければ、望む未来はやってこない。

あの時の強い気持ちは、今・・・・。

今頃になって当時の気持ちがフラッシュバックした。

もう一度、もう一度だ。

強い気持ちを持って・・・。

気が付くと4駅過ぎていた。

そろそろ電車に乗ろう。

日々に忙殺されないように、自我を保て。

焦るな。
コツコツだ。

明日はすぐ来る。
だから明日に託せ。
今日を引きずるな。
引き延ばすな。
引き延ばせば明日に影響が出る。
負の連鎖を断ち切れなくなるぞ。

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